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Category: キリシタン  

2013年5月17日から、『ドチリナキリシタン』を掲載します。
まだ仕上がってませんが、参考までに。

『ドチリナキリシタン』は、近世初期にイエズス会によって作成されたサンタヱケレジヤの教理本です。
ポルトガル語でDoctrina Christao、ラテン語でDoctrina Christianaと表記します。

日本で刊行された『ドチリナキリシタン』は、刊行年・刊行地共に不明の国字本「どちりいな・きりしたん」、文禄元(1592)年発行の天草版ローマ字本、慶長五(1600)年発行の長崎版ローマ字本、同年発行の長崎版国字本「『ドチリナキリシタン』」の四種類がある。ローマ字本はヨーロッパ人の日本語学習の為、国字本は日本人信徒の教理学習用として編纂され、問答体の平易な文章で書かれています。
天正十八(1590)年に二度目の来日をしたアレッサンドロ・ヴァリニャーノが、ヨーロッパから持ち込んだ活字印刷機により他の数々の書物と共に印刷されます。
『ドチリナキリシタン』では、キリシト教が来世に於ける救済の教えである事を、キリシタンに対して繰り返し強調しています。
また、『十戒』の第四の掟で、「父母に対する孝行」を「主人・司たる人(主君や領主)に対する忠誠と服従」と敷衍して規定。
天正十九(1591)年に島原半島の加津佐で刊行されたとも言われる。長崎版「どちりな・きりしたん」は、長崎の町年寄であった後藤宗印により刊行されます。
天文九(1540)年代にインドでの布教に従事していたフランシスコ・ザビエルは、同地方の住民の為に問答体の教理書カテキズモを作成。
そして日本に渡航する際に、日本人・アンジローに教理書を日本語に翻訳させます。日本の宗教事情を考慮して、仏教用語を多く借用したが、来日後に仏教用語を払拭した改訂版を作成します。

ガスパル・ヴィレラが上京した当時、宣教師が日本で用いていた『ドチリナキリシタン』は、弘治二(1556)年に来日したインド菅区長・メルシオール・ヌーネスが、それまで使われていたザビエル作成の教理書を全面的に改訂し、バルタザール・ガーゴ神父に新たに編纂させた二十五章からなる「二五ヶ条」と呼ばれる教理書でありました。
ルイス・フロイスが永禄十一(1568)年当時畿内布教の為に使用した『ドチリナキリシタン』も、日本語に翻訳されていたヌーネス編纂の教理書であります。
ポルトガルのイエズス会士・マルコス・ジョルジュが中心となって、子供を対象にした対話式の教理書「ドチリナ」が作成され、永禄九(1566)年にリスボンで上梓されます。
これが海外で布教に従事するイエズス会士に使用され、永禄十一(1568)年に日本にももたらされた。このドチリナが日本語に翻訳された後、日本の実情に即して成人向けに編纂し直され、写本となり日本各地で使用された。この写本は、国字本「どちりいな・きりしたん」が印刷されるまで約二十年間使用されました。

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